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2010.02.09

日比谷公園の散歩

ちょっと期間が開いてしまった・・。

前回、投稿した頃なにやら心がすさんでいたらしく、かなり投稿が攻撃的というか、すさんでいた。
心すさむときは、暇なのだ。
と、自分で思い込むようにしている。
そのため、PGなどやってみた。

とても楽しい。
やはり、PG でかゆいところに手を届かしていくのが自分はトテモ大好きなのだと感じた。
そして、PGネタを投稿しようかと思ったのだが、どうもこのサイトへの投稿とは次元が違いすぎて、上流工程を中心に書いてしまったため、あまりに実践的というか・・。

最初は、それでも1つの開発系ブログとして完成させるならソレだろう・・と思ったのだが、どうも・・。
いまだ検討中。


さて、昨日は定例の日比谷公園に行ってきた。
いつも思うのだが、昼間の日比谷公園は、不思議とサラリーマンが多い。
解雇とかで妻にいえないサラリーマン・・・というのは、TVの見すぎかもしれない。
が、思わずにはいられないほど・・なんか不思議な風景が広がる。

初めて仕事をやめたときに一番驚いたのが平日の人の多さ。
仕事のしすぎで平日にこんなに働き世代の人たちがあふれているなんて思いもしなかった。
シフト系の仕事をしている・・・というだけではすまない気がしていた。

超氷河期が終わったくらいの年だったので、そう感じたのかもしれない。
ハローワークの人の多さにもびびったのを覚えている。
そして、今再び超氷河期を越える超超氷河期。
今年も内定切りが始まり、体力切れの企業倒産シーズンがやってきた。
引きこもり推定350万人(だっけ?)とか。
キリンとサントリー統合白紙撤回とか、グローバル日本の明日はどっちだ?って感じがする。
公園内に広がる不思議なサラリーマンの平和な光景をみていると、仕事って何?と、思わずにいられない。

日比谷公園の面白いところは、そんな時間とは無縁にかんじられる空間があること。
一歩公園を出ると、そこは東京都心のど真ん中。
刺激的な光景だ。

実は、休職して1年が経った。
ちょうど1年ほど前、この公園を同じようにおとずれたのを公園のベンチに座りながら唐突に思い出した。

あの時は、寒かったのか暖かかったのか。
とにかく夕日が出ていた。
何もしたくないというか、心がぽっきりと折れてこれからの治療について不安がいっぱいだった。

ロングコートを着て、ちゃんとジャケットを着ていた。
いまでは、ジャケットなんて羽織る気もない。

時間の経過がもたらす心の移ろい効果は、母親を亡くした時に経験してしっている。
あれほどのものですら時間が癒してくれた効果は否定できない。
休職1年が経ち、PGすらヤル気になれた。
実は、いまある程度夜の時間に寝れている。

それが心にとても大きなゆとりをくれている。
PGをやることで、不安を感じる時間を作らないというのもある。
不安がないから眠れて、眠れるから気力がありPGもできる。
とても良い循環だ。

しかし、休職中の給付金は、もう半年も出ない。
しっかりとなおせるか。
時間との戦いが始まった。
そうおもっている。


話はかわるが、キリンとサントリーの統合話が飛んだのはちょっとショックでもあり、なんだか安心した。
あぁ・・いかにもサントリーだなぁ(苦笑)と思った。
アサヒの新社長もいっていたがやはりグローバルな視点での競争力はこれからアジア諸国が台頭してくることを考えると避けられないと思う。
ただでさえ、英語という言葉の壁で彼らに水を明けられている気がするので。

でも、一方で日本は日本らしくあればよいと思っている。
加工品を作る技術に優れているのであれば加工品を作る技術を使って無形を有形にする力を育てればよい。
それまでは、先人の遺産や伝統が底支えをしてくれることだろう。
次に仕事をするならそういった新しいものを作る文化の会社に入りたいものだ。

またまた、話は変わるが先日、運用をやっている元同僚と呑んだ。
仕事を斡旋されたがいまはできないと簡単に断ってしまった。
申し訳なく思う。
脳みそがどうも反応していない。
とにかく今は治療に専念だ。

彼と呑むといつもおもうことがある。
幸せってなんだろう。
ということ。
彼は、どちらかというと私と真逆を選んでいる。
家を買い、車を買い、バイクを買い、あらゆる消費物を好んで買い、結婚をする。
仕事は定時に上がる。
開発は疲れる、だから運用でも良いと思う。

それって、すきでできるなら本当に幸せでベストな生き方じゃないかと思う。
私はお金をただ自分のためだけに使い、浪費しているに過ぎない。
投機とまではいわないが、資産を作ることに使っていないのだ。
そのうえ、開発 というあえて過酷な道を選んでいると思う。

正直運用・保守が楽しいと思えたらどれだけ良いだろうと思ったことがある。
社内SEをしていたころの一番の楽しみは人の嬉しそうな顔や感謝の言葉をダイレクトに受け取れたこと。
楽しくなかったことは、ストイックな追求ができなかったこと。

派手さのもんだいかもしれない。
開発は派手とはいえないが、爆発的に仕事をし、自分の責任をひしひしと感じながら時間を形に変える。
保守は形が時間比例ではないからやりがいを感じないのかもしれない。

保守をしていたころは、のみが多かった。
人と人。
自分の人間らしい生活におぼれていった。
ソレはソレで楽しかったし、良いと思っているし、人として幸せなことだと思う。
ただ、開発者としては死んでいた。

社内SEといっても本格的なものを作るとなればアウトソースになる。
上流や受け入れ、その後の面倒。
スクリプトをこまごま書いている程度ではイライラしてくる。
自分は開発がしたいのか?運用で満足していくのか?

個人的はどちらもできれば一番嬉しいのではないだろうか。
技術バカになる場面とトレンドバカになる場面がほしいのだ。

作ったものが時間的、金銭的効果がわかるのは運用。
作ったものの達成感が強いのは、開発。

その両方を味わいたい。
とても贅沢な悩みだ。

自分はこの先どこまでいけるのだろう。
いつまで現役なのだろう。

いつも気にしている。
40歳台の開発SEが中小企業に少ないこと。
みんなどこにいってしまったの?
コンサルですか??
保守ですか??

休職1年が経った今日この頃。
自分はいまどこにいるのだろう。

そう思う。

追記:
食事の帰り、ふと思った。
お金はいくらならまんぞくするのか。

どちらかというといくらなら満足して今の仕事をするのか。について。

定量的だが、20代の頃 自分の年の1万倍(つまり、26歳なら26万) を手取りでもらえればよいとしていた。
今では発想が違う。
20代は、年収ベースで30万倍
30代は、年収ベースで30万倍
40代は、年収ベースで30万倍
50代は、年収ベースで30万倍
を目指したほうがいいのではないだろうか。
理想は、もっと年代で10万倍ベースであげるべきかもしれない。
20代はなんとかできるかもしれない。

が、30代から急にきつくなる。
ベースでいえば、300万あげていくだけなのだが。
でも、これから先何が起こるかわからない。
不安を取り除くならこれくらいが必要だろう。
問題は年代のいつまでに達成するか。
私は30代なら35、40代なら45とおもっている。
ソレを越えて未達成なら次年代は確実にアウトだ。

その時点でポリシーを変える選択をいれたほうがいいのではないかと。
自分に活を入れる次第。
そういう風にでも考えないとポリシーにとらわれて、青い鳥を追いかけるだけになってしまう気がする。

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