キーワード:「ゆとり世代」
唐突に気になりました。
「ゆとり世代」 であったり、「ゆとり教育」 であったり。
今年の新人はいよいよ22歳です。
平成生まれ純度100%です。(笑
平成世代はゆとり世代 というのであれば今年の新人はすべてゆとり世代ということになります。
はたしてゆとり世代とは、いつからをさすのか・・・。
そもそも基準となるものはあるのか。
うぃきぺでぃあではもめてるみたいですが(笑
単語の生い立ちはさておき・・まずいつからなのか。
私が生まれたのは1977年。
中学1年くらいに隔週の土曜休みが始まりました。
いわゆる、週5日制ってやつです。
個人的には嬉しくなかった・・・7時間目と8時間目という恐怖の時間があったし。w
まぁ。おかげでありがたみも分かりましたが。
ゆとり教育は、平成10年から11年の間に導入されたものをさすだけであったり、もっと以前、私の生まれた77年の導入期も含む意見もあったりしますが、定義の問題はどうでも良いと思っている。
気になるのは、「きみ?ゆとり世代?」と思わせるタイミングがどの世代からか。
ではないでしょうか。
もともと「俺たちの若い頃は・・」 とか、「最近の若者は」 といった発言は延々と続いてきました。
が、私の1つ下くらいから変わった気がします。
というより、私のちょうどひとつしたから何もかもが換わりました。
週五日制の恩恵をフルに受けたのはもう少し経ってからですが、私は試験校をひたすら歩んだため1年ほど前倒しでゆとり教育らしきものをうけました。
※ 別段しらべたわけではなく当時の聞き覚えですが。92年導入なら間違いなく2年は倒されている。
週五日も私の中学校だけでしたし、家庭科を高校で実施するのも私の高校だけでした。
おかげで、その日はカラオケに行ってはいけませんといわれた。w
学校の新設時からバリアフリーを意識した建物作り(床は柔らかいし、エレベータもある公立)は、少子化を見込んで期限付きで学校として利用するといったものでしたし、トイレの改装が頻繁に行われたのはこの頃だったように思えます。
余談ですが、アレはすごかった。
ホテル並みにキンピカな上、鏡デカ!みたいな。(笑
大手企業のトイレよりすごいですよ。
そんなわけでゆとり導入期であったことは確かなようです。
でも、ちょうどひとつ下はその恩恵を常に受けてきた世代なのだと思います。
IT化もあったのでしょうが、パソコン導入も世代からで私の世代は試験校なのでたまたま1時間だけ利用するといった具合でした。
さて、それでも自分もゆとり世代なのか・・。というのはちょっと疑問があります。
もちろん、昔の人にくらべて大人としての意識や学が低いのは感じますし、言葉遣いが適当な気がします。
でも、それは戦時下や戦後、高度経済成長期、バブル、バブル崩壊と経ていくうちに失われてきた危機感の損失に比例しているだけのような気もしています。
正直言って、戦後の何かやバブル期の何かを引き継いだ世代は私の世代が限界だと思いますが、それでも言葉遣いや風習についてはかなり知らないことが多いと思う。
それが年々度を増しているのかもしれませんね。
むしろ私の記憶はかなり小さい頃から明確なので普通の人より相当前倒しで意識がありますので、本当はもっと前に滅んでいるかもしれませんが・・。
とにかく、ゆとりゆとり。といっても導入期と実施末期では雲泥の差があると思います。
その問題を痛感したのはやはり小数点問題と円周率問題。
どちらも同じようですが、時期が少し内容が違った気がします。
とにかく、円周率問題は衝撃でした。
さすがに 3 って・・・。
それって何を学ばせようとしているのだろう・・って具合です。
でも、それは教育現場での話。
実際はもっと根深い問題があると思う。
「円周率が延々とつづくけど、君どこまで言える?」 みたいな会話。
さすがにこれは極端ですがこれが通じないわけです。
しかも、その答え方が「は?」 とくる。
2chやネットにどっぷり使った世代にこういった返答が多い気がする。
平気で上司や先輩の報告内容に「ぐーぐるせんせい」 という単語がでてくる。
いや、それ以前に「は?」 は、ないと思うよ・・おじさんは。(苦笑
さすがに「ぐーぐるせんせいでしらべす。」 といわれると・・もう・・・こっちも心折れるというか・・。(w
もちろん、私たちの世代も「超○○」とか使っちゃうので分からなくはない。
漢字にしても書き順が換わったり送り仮名が変わったり。
小学生の頃、若い先生が昔話をしながら教えてくれたのを覚えています。
こういった問題を放置してしまうと後で恥ずかしい思いをするのは放置されたその人自身だったりするので極力教えてあげるべきだと思っているし、みんなそうしているのだと思う。
未来をイメージすること同様に過去をイメージするのは難しいのです。
過去は、ほとんどの人が歴史でしか学びません。
そこにあった文化や風習。考え方。これらは必要なものをきちんと伝えていくほうが良いことがあります。
ま、強いていうならば orz は、報告メールにつけないでね♪ とか。(ん?ソレは別次元?
ここまで読むと悪いことばかりのようですが、ちょっと裏を返してみましょう。
orz をつけてくる。
もしくは、いきなりメッセンジャーで相談してくる。とか、ありえない行動も裏を返せば度胸がある。
と、私は解釈しています。
というより、基本的に空気読めない感じが度胸の裏返しになっているのですが。
私が新人の頃なんて、先輩に話しかけるのが相当難しかった気がします。
今ではどうでしょう。
まるでお友達気分で話しかけてきます。
コミュニケーション能力はネットの記事や会話文で磨いたのでしょうが、それでもこれは充分な武器になります。
かなり失礼なヤツもいます。
が、もの落ちしないその空気読めない感は、大事にしてほしい。
逆に、それを残しつつ配慮する術を身につけたら心強いと思う。
基本的に新人のレベルというのは年々上がっているというのが私の見解であるのですが、その最大の理由がこの度胸の部分です。
年々、空気読まない度合いが上がっています。
たぶん、これは確かですしょうし、それが嫌がられている要因のひとつなのかもしれません。
が、国際社会であれば日本ほど気を遣う国も無いだろうし、外に出て行くチャンスに感じます。
もちろん、「恥じる心」 と 「汲む心」はなくさないでほしい。
言い忘れましたが、日本人とそのほかの国の人の根本的に異なる点を私は、「恥じる心」 だと思っています。
あくまで個人的な見解ですが。
ただ、恥じる心あっての向上心。向上心あっての勤勉だと思います。
日本人は、すでに勤勉ではない。
ということをいわれる方もいますが、それは入試についての部分だと思っています。
外国の方と一緒に仕事をされた方ならお分かりいただける点もあるかもしれません。
日本人は、何事においても 盲目的に勤勉なのです。(と思っています。)
これも私的な考えですが、世界でもっとも体型、手先、ノーミソ含めて優秀なのは中国人だと思っています。
大変なことですが早く目覚めてほしいものです。
ちょっと話がそれました。
勤勉に話をもどしますと、いわゆるゆとり世代 というのは優秀だと思っています。
学ぶことや情報を集めることにかけては、非常にパワーを発揮します。
テクニックが無いのは仕方ない。
それをフォローしたり教えたりするのが我々先輩の仕事ではありませんか??
では、ゆとり世代と そうでない世代 の育て方に違いはあるのでしょうか?
この点は、いまだに謎です。
私が以前勤めていた会社には昭和63年生まれが入ってきましたが・・・もう・・・手の施しようが無く・・。
24,5歳もすでにチャット言葉でメールが来る世代です。
言葉遣いや文章どうこうはテクニック的なものがありますが、マインドというか思想そのものがずれているのはかなり修正が困難です。
一言で言えば彼らは夢見る夢子ちゃんとでもいいましょうか。
「答え」 があると信じてやまない世代。
それが私の中でもっとも「ゆとり」だなぁ・・・と感じる世代です。
個人的見解と経験的評価を言ってしまいます。
ゆとり世代 というのがあるならば、彼らは今後の人生で色々な失敗をするかもしれません。
ただ、その失敗もいいじゃないか。という時代はすでに終わりましたし、失敗=死への入り口。みたいな時代が続いています。
「答え」 では、ないかもしれないけどこんなことをしてみたら。
という教育を根気よく続けていってあげる必要はあると思います。
逆に、自分がそういった教育を受けているなぁと感じたときに単純にキレないで真摯に受け止める。
そんな心持が うける側 には必要なのですが。
そういった意味では最近は、「責任は俺が取るからやりたいようにやれ」 という上司が減った気がしませんか?
それには時間をかけて育てることができないそれなりの理由がある気がします。
不況は、まさにそうですが結果主義というか実力主義というか。
それが導入されたあたりから徐々に保身に努めるわけでもなく、ただ仕事をこなすことに精一杯な年輩が増えた気がします。
これは、教育を受けたい側にとっても非常に大きな損失です。
ので、あえて言いたいのは、
自分がゆとり世代だと思う思わないはどうでもよろしいし、
自分がゆとり世代だと思う必要も無い。
ゆとり=ダメダメ というマスメディアの受け売りを意識する必要もない。
「恥じる心」 さえあれば、それを向上心に変えることもできる。
向上心を元にただひたすらに学べばいいのだ。
それはどの世代でも同じ話こと。
です。
2ch やネットの書き込み慣れして、誤変換を平気に使っているキミ。
「誤変換は変換して読み取れよ」 とキレる前にやることがあるだろう。
「誤変換は、承知の上だよ。」 と憤慨する前にそのことを普通に思って使ってしまう常識に間違いを見つけてほしい。
そして、そのための勉強をすることに将来的な意味を持たせてあげられる時代を造って行きたいですね。>先輩方
・・・なんだか、長くなってしまった。
最後まで読んでくださったのなら、本当にありがとう。
おじさんの愚痴のようでしたね。(笑
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『ゆとり世代』は国が認めた日本人としとの失敗作。要はB品です。
一般社会・企業・世間との感覚とかなりズレた感覚の人間ばかり。そんな人間をまともに見ますか?これから『ゆとり世代』はリストラ対象になるでしょう。国がゆとり教育を止めたぐらいですからね。差別ではなく"区別"するでしょう。
ゆとり世代とは一致団結は出来ないのです。
投稿: 一般人 | 2010.11.12 12:57
こんにちは。
一般人さん。
まずは長文にも関わらずお読みいただきありがとうございました。
引用返信にて失礼しますね。
(引用もちょっとコメント順序を無視していますがキレないでくださいね。)
本当は、やや興奮状態にあるコメントに反応するのは良くないことですので、
ご自分でも分別の付くときにお読み頂ければと思います。
>差別ではなく"区別"するでしょう。
そうですね。
差別と区別では、ニュアンスだけでなく根本的に違うと思いますし、区別は
必要で、どちらかというと識別とでも言いましょうか。
ただ、差別にしろ区別にしろ、どの道私たちが今後この国で過ごしていく上で、
共存していく人たちであれば、一致団結はありえない。
というのは、かなり狭い視界で見た話のことではないかと思うのです。
投稿の本文を改めてご理解いただきたいので、そこから少し引用すると、
>> コミュニケーション能力はネットの記事や会話文で磨いたのでしょうが、
>> それでもこれは充分な武器になります。
>> かなり失礼なヤツもいます。
>> が、もの落ちしないその空気読めない感は、大事にしてほしい。
>> 逆に、それを残しつつ配慮する術を身につけたら心強いと思う。
(途中、雑談省略)
>> 年々、空気読まない度合いが上がっています。
>> たぶん、これは確かですしょうし、それが嫌がられている要因のひとつなのかもしれません。
>> が、国際社会であれば日本ほど気を遣う国も無いだろうし、外に出て行くチャンスに感じます。
と書きました。
別に「ゆとり」 と呼ばれている世代を絶賛しているわけではありません。
どの世代にも世代ならではの弱点があると思いますし、あってもよいと思います。
むしろそれはあってはならないといってしまえるならば、人間も社会もそれほど
成熟した完璧なものではないからムリです。としかいえないと思います。
が、バブル期以降グローバル化といいつつ、実は海外にでていき商社的活躍を
したいと考えている人は減った気がしていて、結構切実な問題になってきた気がします。
特に私と同じ年代の人間でも大手で大きな仕事をする。というわけではなく、
わずかながらの幸福や生活を・・そう考えて仕事をしているが多い気がします。
(統計ではありません、個人的意見です。)
グローバル化で人、モノがかなり流動的になったことで、商社需要がどの程度
落ちたのかは知りませんが、あそこからの10年はハゲタカとの戦いで、打って出る
元気は無かったように思います。
そんなことで、足固めをしている間に外に出て行く人材が育たなくなったように思います。
この1年ほどでその危機感から外に出て行く人材需要が急加速したのは、ニュースなどでも
見たことがあると思います。
社長を公募したのもそういった意図がありましたよね。
話を戻すと、
> ゆとり世代とは一致団結は出来ないのです。
と、言うのであればもちろん、空いた世代を埋めるために国外から人を取る必要がでてきます。
国会でもめている議題に繋がりますよね。
もちろん、あれはそもそも人口が足りなくなるというのが表にはありますが。
そこで、空いた世代をどう埋めるかを国外から取る。で対応する場合、一般人さんの言われる
>一般社会・企業・世間との感覚とかなりズレた感覚の人間ばかり。そんな人間をまともに見ますか?
において、どちらがまともに見えるのか。
まぁ。。まともという言い方は語弊があるのですが、仮にズレているのがまともではない根拠なら
ズレとは、日本社会とのズレですよね。
(言葉尻を取っているようで申し訳ない・・。)
でも、その一般社会も世界的なレベルで言うならば、ずれているのが日本で、到底海外の人の
考え方からは理解できないレベルにあるかもしれません。
個人的に外国の方と仕事をする際には、この辺本当に悩みます。
仮にゆとりを92年導入期以降、2002年前後をMAXとした世代をさすならば、失われた20年世代の
人はどちらかというと昭和型といいますか、ふすま一枚相手を察することから始まる文化とでも
申しましょうか、空気を読みすぎなわけです。外国人からしたら。
もちろん、それが丁寧さだと思われている部分もありますが・・。
そういった意味では、感覚的にズレた世代というのは、私からするとなんだかうらやましく見える
訳です。
それほどフランクにいけることは、性格的にムリな人が多い世代なのかもしれないし、
感覚レベルでズレていないと付いていけない気がします。
そう考えると彼らは育て方次第ではとても大きな能力を秘めていることになりはしませんか?
・・というのが、まぁ・・本投稿での大体の主題だったのですがご理解頂いた趣旨と違って
いましたでしょうか?
あと、個人的には、今後のリストラ対象は、私のような成長なき非順応型な人材だと思います。
企業は保身ではなく、成長をするためにグローバル化に踏み出すわけですから。
国内需要にどれほどの成長率を望むのか。そう考えると、成長しきったコネクションやスキルが
いつまでも有効とは限らない。
それは私自身の個人的な課題なのかもしれませんが、非グローバル世代共通の課題なのかも
しれません。
>一般社会・企業・世間との感覚とかなりズレた感覚の人間ばかり。
同じ内容の引用になりますが、これは大体の社会人が経験してわかっていることだと思います。
この感覚が時代時代で変わる感覚のことをさしているのも、ご承知かとは思いますが、
戦前の人から見れば高度経済成長期の感覚はありえないわけで、バブルの人から見ても、
失われた20年世代の一点豪華主義的な感覚や草食な感覚はありえないわけですよね。
そういった意味で、たとえ国だか文科省だかが、教育方針転換を迫られるレベルで
育った世代であれ、ズレた感覚=ダメとして切り捨てるのではなく、先輩として
教えることは教える。これを放棄してはいけない。
そう思うのです。
それがこの投稿のきっかけでした。
(そもそも国の教育方針転換なんて何の判断材料にもなりえませんし。)
私が勤めていた企業では、Project に今必要なスキルが無い人間を育てる気は
無いようでした。
しかし、新人を雇ったのであれば企業として、仲間として、先輩として
3ヶ月でも半年でも彼らにしてあげるべきことがあったはず・・・。
久々に自社に戻ったときにそう感じたのです。
何でこの子は未だにふてくされた視点で仕事を見てしまっているのだろう。
会社は慈善事業ではないし、教育を施してあげるなんて時間もお金も無い。
それはわかっています。
でも、人は完全に知らないことを知ることはできないし、学ぶその存在すら情報として
手に入れることが出来ないと思うのです。
彼らだって好き好んでその世代な訳ではないし、彼らも将来がある。
保身を考えるならば彼らに将来を背負ってもらう未来があることに恐怖を感じ
教育徹底をする人もいるかもしれないけど、自分を使えというかもしれない。
どちらにも将来はあるけど、どの道彼らを必要としていく時代が来るのです。
であれば、育てることに力を入れることがそれほど無駄なこととは思えません。
噛み砕いてしまえば、既出の話になりますが私がいた最初の会社でこんなことがありました。
入ったばかりの新人、第二新卒、中途入社組を率いてチームを率いた時のことです。
彼らに対して「客先のトイレではタバコをすわない、捨てない」というところから
注意するレベルでチームが始まりました。
IT初心者にプログラム言語を教え、仕事の仕方を教え、一緒に仕事をしました。
何度か切る切らないを迫られたこともありましたが、育てて戦力にする。
という一念で取り組みました。
とある先輩からは、「優秀な人材が一人で沢山やったほうが早い」ともいわれ、
罵倒され、バカにされながらの取組みです。
私は、自分の時間、体力を使ってでも育てて3ヶ月後、戦力が4人で2.0人になるなら
結局その先は私が一人でやるよりも工数は倍以上になる。
そう判断していましたし、何よりも第二新卒の末路を知っていたというのもあります。
その後半人前に育った彼らのおかげでチームは前倒しで終了、1プロジェクトで
3回も組み変わり、戦力として活躍することになります。
(これは常に短期で成果を挙げたということです。)
もちろん、彼らは次のプロジェクトでは正しく戦力としてカウントされました。
これはどんな人材も育たないことをかなり確信できるまでは大切な人材として
扱うべきだと思った、たまたまの成功例かもしれません。
でも、最近は特にそういった世代での区切りで企業内教育の質に違いを感じるのです。
自分も最後の職場にいた頃は、自分自身の限界、仕事はあるものだ。お金はもらえるものだ。
と勘違いした社員意識に疲れ、新人教育を怠った経験があります。
(実はこの話の続きにあるとおり、育てた社員をバカ先輩に引き抜かれたトラウマもあるのですが。苦笑)
ちなみに彼らがようやく半人前育つ頃には、その先輩は誰にも頼らないチーム運営に
行き詰まり、私のチームから半分以上人をさらっていきましたが、失敗しリーダを
失職していました。
まぁ・・これはほんの一例ですし、これが最善かというとそうではないとも思っています。
最善ではない理由のひとつにこのサイクルではそのサイクルに取り組む人があまりにも
過酷で火の玉社員化しなくてはいけないからです。
ブログをどれくらいお読みいただけているかは不明なのですが、
この火の玉化現象には私はかなり思うところがあります。
なので、一般人さんの言われる意見のように切り捨て型がどれほど楽か。
そう思うこともあるのは事実です。
しかし、それはその先になにも残らないし、改善すべき方向が違うと思うのです。
だからこそのナレッジDBの話やトップダウンな計画や・・。
そんなことをここでも書いているのです。
本来ならば、ほんの少し頂けたコメントにこれだけ書くことはかなり
非常識な反応で大変心苦しいのですが、多分1度きりということでどうぞご容赦ください。
>ゆとり世代とは一致団結は出来ないのです。
という、一言。
これだけは本当にそうなのか。
もし、今悩まれている問題、直面した問題などなのであれば、
きっと私の擁護的な意見が奇妙奇天烈に思えたかもしれませんね。
なので、少し具体的な考えをお伝えしようと思った次第です。
短文でもかまいませんので、どうぞまたコメントいただけたら。
そう思っています。
ただ、私は仕事を離れてかなり経ちます。
嫌な記憶として忘れてしまっただけかもしれないです。
世間離れした世代見解に憤慨されたとしても、コメント頂ける際には、
今一度その点ご考慮の頂いた上での、コメントをと願う次第です。
この度は、コメントいただきありがとうございました。
(というか、えらい長文ですみません。m(_ _ )m)
投稿: bs_n(管理人) | 2010.11.12 17:49